カルマなのか、愛なのか

 

昨日のInstagramより


心から愛する場所で
愛する子供たちと1日が
始まる朝の空間は少し
慌しいが愛おしい時間


愛する空間で
愛するクライアントへ
愛する仕事をすること
これも愛おしい瞬間


仕事が終わりTiffanyを
迎えに行き、数時間後
Peterが戻る時には片手に
シャンパーニュであり
この瞬間も愛おしい


シャンパーニュからワインへ
注がれたグラスが代わり
Peterに助けられながらも
子供たちと過ごしながら
パソコンに向かう瞬間も
私には愛おしい


そして、Briceの父とマミーに
Skypeで電話をしながら
愛を感じ合える瞬間は幸せの
絶頂である


ディナーを終えてスヤスヤと
眠る愛娘を眺めながらワインを
片手に美しい音楽を聴きながら
仕事をする時間も愛らしくて
ならない


私にとり、これ以上の幸せな
エネルギーで生きられる歓び
幸せとはないのであろうか


それでも幸せも限界を
決めてはならないと思う


今も心の奥底から幸せで
ならないけど、望めば
更なる幸せがあるのであろう


私が更なる幸せになるのは
一人だけではなく
子供たちとの三人一緒が良い


普通の家庭とは異なるが
幸せのレベルは変わらない
私は此の幸せな時間を作るため
子供たちに人生を捧げている


我が命が燃え尽きるまで
愛する子供たちに
崇高なるエネルギーを注ぎたい


心からの愛と共に



今日も朝から此の幸せ感を
一杯に感じながら生きていた


すると夕方、知らない番号の
着信があり、詐欺電話か
広告であろうと取らずに見送った



暫くしてからメッセージが
残されていることに気づき
耳を済ますとBriceであった


精神病院は携帯電話等の
持ち込みが禁止されており
彼は病院の電話を借りて
私にコールをしたのだと思う


泣きながらフランス語で
ありがとうとゴメンを
何度も繰り返し、最後の方は
涙で聞こえない状態であった


彼が私にコンタクトを取る時は
精神状態が良くないことは
9月から法則のように解っている


互いに離婚をすると決めている
にも関わらず強制的に消防士から
病院へ搬送される直前はゴメンね
僕たちは離婚をした方が良いと
意味の分からないメールが来たと
思えば、ありがとうと意味もなく
何度もメールが届いた


9月と10月で彼に関する難題を
乗り越えていた私は何度も
過去にBlogで綴ったように全く
ブレない状態を保てる事が出来た


9月と10月の彼の壊れ方と私への
攻撃、家族への攻撃は言葉には
表現が出来ない程であり、Blogで
綴ったことも1割でしかならない


公にするとご覧いただく方が
エネルギーを阻害されるため
絶対には綴りたくない事もあった


完全に理解不能なレベルである


私の核は子供たちとモナコであり
秋からは脳科学を駆使しながら
ただ、ただ、愛するPeterとTiffanyを
守るためにエネルギーを最大限にし
生きていた


11月になってからは
一層、負のエネルギーに
引き込まれぬように手綱を
強く握りながら生きていた


以前の私ならば同情して
持って行かれるところがあったが
今回はそれを許さなかった


今日の夕方、彼がメッセージを
私の留守番電話に残すまでは
そのように頑なに生きていた


しかし、彼のメッセージから
内容ではなく彼の魂が私に届き
私の魂が何か引っ掛かった


30分ほど、魂と分析をしながら
何かを読み取ろうと意識を集中し
同時に出た答えに対して彼に対し
エゴではないかを何度も確認した


そして、Briceの父へ電話をし
「彼は死ぬのではないか」
「大丈夫であろうか」と尋ねると
丁度、彼の病院の見舞いから戻り
至るところであると私に言った


何と云うタイミングだと思った


父によると今日も彼の状態は
非常に良くなく、話さない
動かない、言っていることが
一致しないと状態であると告げた


病院から処方されている薬の
影響であると思ったが、彼が
そのような中で私に電話をして
メッセージを残したことに私の
魂が反応したのであった


どちらの選択が魂に清いか
どの選択をすれば魂が歓ぶか
これはエゴではなかろうか


此れまでの努力を無駄には
絶対にしたくはなかったので
かなり真剣に自問自答した


少し怖かったところもあったが
病院へ電話をし、彼に電話を
繋いでもらい久々に話しをした


彼は先ずは子供たちは大丈夫か
元気であるか心配をし私を含め
家族は大丈夫であるかと尋ねた


父が頻繁に見舞いに行っているが
そのあたりは軽くサラッと流したが
僕は子供たちに会えなければ
Asamiに会えなければ死んでしまうと
涙を呑みながら電話越しで伝えた


このような時、人間とは過去を
全て払拭し、マリア様のように
なれるものだと我ながら客観的に
思ったが、寛容的に冷静にも彼の
全てを受け入れる自分にも驚いた


いつ、僕は貴方たちに会えるか
と尋ねたので全てが治ったら
勿論、会えると告げ彼の温度が
一気に変わったのを感じた


病院に電話を掛ける時から
気づいていたが、過去に何が
あろうと秋からの激変と現実


過去からも一人で子供たちを
看ていたことも含めても
それでも同情ではなく、彼に
線香花火のような一点の愛が
あるのだと気づいた


この時にカルマだと思った


そこに愛がなければ、どんなに
楽であろうと思ったが一点でも
愛があることが今世ではない
前世から続く何か深いものがあり
私たちは居るのだと思った


それは冒頭のInstagramの
豊かな幸せな感情は決して
一人だけではなくBriceにも
分けてあげたいと思った


私の人間臭さであり自分だけが
幸せになるのが魂が濁り好きでは
なく、魂が感じる人にも同じように
幸せになってもらいたいと思う


それは例え過去に何があろうと
ただ、ただ、その人の幸せを
心から願いたいと思えるのである


恐らく制限があるであろうから
5分ほどの会話をしながら
魂の赴く侭に自分でも思いもしない
言葉が出てきた


1月1日にモナコのホテルを
予約をしたが、もし良ければ
一緒にどうぞと魂が私の身体を
通して言葉にした


彼はモナコが嫌いなので
Noであろうと思っていた


しかし、彼は貴方たちと
一緒にいれるならモナコに行くと
想定外の言葉が返ってきた


1月1日のモナコ滞在は突如とし
このようになってしまったが
それでも魂レベルとしては正直に
歓んでおり、彼も回復するスイッチ
となったようであった


何よりもPeterが非常に嬉しそうで
今回のオファーは家族のため
そして魂に逆らえないことであり
これに逆らうと宇宙からドラム缶が
落ちてきたであろう


私の魂は何処へ行きたいのか


そして、今回、過去に何が起き
それでもBriceに対して同情ではなく
一点の愛を見つけたことで今世の
カルマであると感慨深くなった


カップルとは、夫婦とは
価値観の数だけ異なるが
このように過去生からの関係
カルマが絡むこともあるのだろう


それでも私の場合は彼が
どのような精神状態であれ
強靭なマインドになったこと


それを備えたが故
マリア様のような領域にと
云えば烏滸がましい限りだが
このようなことなのだと
新たなステージへと立てたこと


強い芯と品やかな軸を
手にしたような感じである


認めたくないが、やはり
Briceのことを悔しいが
愛しているのだと気づいた


彼が治るまでは陰ながら
そっと愛を送り続けよう
そう決めたのである


加えてあの陽気な父が今日は
病院から帰った姿に非常に
疲れており父を助けたいと
その想いも強かった


父の素晴らしいところは
ラテン的でC'est la vieとの
生き方であり息子の状態は
客観的に見ている


それでも、その父が久々に
疲れた様子に我が魂が
何かのセンサーを受け取った


最終的に彼が完全に治った際
彼が望む幸せを手にしてもらい
それが他の女性であっても良く
兎にも角にも彼が再び愛と光と
幸せの中で生きられるように
手を差し伸べることにした


そして私も更なる幸せを感じ
愛と光の中で生きようと決意した




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カルマなのか、愛なのか カルマなのか、愛なのか Reviewed by Asami on 20.11.20 Rating: 5

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